更新年月日・2007年5月29日




「支援」と「指導」

本校で教員が在校生におこなっていることは「支援」なのか、「指導」なのか。

本校に20数年ぶりに再着任して、「個別教育計画」や「通知票」に目を通すと、「指導」という言葉が殆ど見受けられず、圧倒的に「支援」という言葉が使われています。

私は思います。「個別教育計画」に現された課題達成のために、教員がひとり一人の児童・生徒におこなうものは、始まりから終着までの経緯と手段をはっきりさせた、責任のもてる「指導」でなければなりません。「A先生は○○○さんに△△△を指導する」と「A先生は○○○さんが△△△することを支援する」では行為の重さが違います。 「支援」は「計画をベースにしてやれるところまでやろうとするもの」と思えるし、「指導」は「計画に基づいて最後まで責任をもっておこなうもの」と考えるのです。

さて、全国心身障害児福祉財団が本年3月に発行した「特別支援教育ハンドブック」第1章5頁には次のような記述があります。(筑波大学附属久里浜養護学校校長執筆)

手厚くきめ細かな「特殊教育」のよさを継承し、更に発展させていくため、平成19年4月から施行される「特別支援教育」においては、障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点に立ち、幼児児童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するため、適切な指導及び必要な支援を行うことに重点をおくものです。


この文の中に「適切な指導及び必要な支援」とあるのは私にとって嬉しい限りです。私にとっては「特別支援学校の教員は、在籍児童・生徒に責任のある指導を計画的におこない、在籍児童・生徒の必要に応じて可能な支援をおこなう」と読み取れます。

ついでに、知的障害養護学校と知的障害者施設の役割を考えてみましょう。学校は児童・生徒ができないことを少しでもできるようにさせる。学びと育ちの見極めをして指導目標を設定して本人の自立をより高めるための指導するところが学校。施設は利用者ができないことを手助けして生活を豊かにする。より豊かで人間的な生活をすごすために、どの部分の支援が必要なのかを考えて本人に支援を行うところが施設。成人の施設においても指導場面はあります。しかし支援場面が圧倒的です。それとは対称的に、特別支援教育学校では支援場面もありますが、学校生活の重点は指導場面なのです。

着任以来、私は「友達」という言葉の使い方について、PTA会報等に執拗に書いています。歳を重ねてきてしまって「書き言葉のこだわり」が殊の外、強くなってしまったのです。

[追伸] 誤解のないように一言。私が勤める瀬谷養護学校では、「支援」という言葉を多用していますが、教員は一生懸命に「目的と責任のある指導」をしています。

                                    (副校長 小山田 伸昭)


高等部3年修学旅行に行ってきました!(本校)

昨年に引き続き、今年も沖縄に行ってきました。行き先が沖縄ということで、現場実習と沖縄の入梅の関係でゴールデンウィークの前に行かなければならないです。進級してわずか3週間での出発になりました。今回は『体験重視』。2年生の時から調べ学習に取り組みました。沖縄の特産、みやげ、乗り物、音楽、文化等を各クラスでインターネットや本で調べました。往復の飛行機でのお弁当も3つの中から自分たちで選び、2種類の体験とマリン体験を選び、修学旅行を楽しみにしながら春休みになりました。 3年生になってしおり学習をはじめました。2種類の体験は忘れても、お弁当は覚えている人が多いのには納得。やっぱり食べることも旅の楽しみ!調べ学習の発表もして、廊下に貼り出すともう気分はすっかり 沖縄!でした。

4月25日(水曜日)

いよいよ出発の日。朝から雨が降っています。この学年は、1年の宿泊も、2年の宿泊も雨・雨・の雨学年。「やっぱり降ったねー。」と言いながらの出発。沖縄の天気に期待しましょう! 羽田の遠足の時は渋滞で遅れたけれど、今回は「??」と思う位とてもスムーズ。搭乗時間に間に合わないのでは?という心配の必要もないくらいの余裕。これは幸先がいいぞ。飛行機に乗り込み荷物を収め、お弁当も確認し、イザ出発。飛行機がはじめての人も多く緊張した面持ち。気流で揺れるたびに上がっていた悲鳴もお弁当を食べる頃には落ち着きました。さすがに2時間半のフライトはちょっと時間をもてあまし気味でした。食後のデザートにハーゲンダッツのアイスを機内販売で食べた人もいました。那覇空港に着くと雲っているものの雨は止んでいました。やはり暖かい。バスに乗り込み市内を抜けて『おきなわワールド』へ。玉泉洞(洞窟探検と言っていました)を抜け、トロピカルジュースを飲んだり、アイスを食べて『エイサーショウ』を見ました。力強い太鼓の音にノリノリでした。ホテルは『残波岬ロイヤルホテル』。広いロビーに大きな水槽があり、気分はトロピカルでした。夕食はプールサイドのレストラン。沖縄料理に舌鼓を打ち1日目の夜は終りました。

4月26日(木曜日)

13階の海が見渡せるレストランでの朝食はバイキング。種類も豊富でみんな満足。今日は1日体験デー。『むら咲むら』に行き体験その1。<芭蕉布のストラップ作り><貝殻ストラップ作り><黒糖作り>のグループに分かれて約1時間。それぞれにお土産を持ち集合。体験その2。<ガラス作り><シーサーの色つけ><ランプ作り>のグループに分かれてまたまた1時間。ガラスだけは後日送るとのこと。お昼は蛸が入ってない『タコライス』を食べました。午後は水着に着がえてマリン体験。まずは<グラスボード>に乗り込みました。これが結構小さい船で海面から船べりまでが少ししかなく、揺れるのなんの・・・。引きつって笑顔が出ない教員もいたとかいないとか? 水や魚はきれいでしたが、サンゴが白くなっている所も多くありました。サンゴ礁が危ないとニュースで話していることが実感できました。生憎気温に比べ水温が低かったのですが、「水着を着たからには泳ぎたーい!」という元気な人も多く、寒い・冷たいと言いながら、肩までつかっている人もいました。やっぱり若い! 夜は1日目と同じレストランで洋食。カラオケにダンスのおまけも付き、さすがに疲れたのかみんな早く寝ました。

4月27日(金曜日)

お土産を買い込み、荷物も送り、今日は『ビオスの丘』。亜熱帯の植物を湖上遊覧船で見学しました。神奈川では見ないトンボやヤンバルクイナ等珍しい生き物もいました。バスに乗り込み楽しかった修学旅行ももうおしまい。帰りの飛行機は気流の関係で2時間のフライト。気がつけば、瀬谷まで順調に着きました。大きな事故もなく無事に帰れてよかったと思いました。


高等部3年修学旅行に行ってきました!(分教室)

4月25日(水曜日)

やってきました。夢に見た南国の楽園おきなわへ。

天気予報では雨ということでしたが、こちらについた時は雨はすでにあがっていました。飛行機は離陸直後にすごく揺れ、悲鳴!と歓声?があちらこちらからあがっていましたが、分教室のメンバーはとっても落ち着いていました。さすがですねー。沖縄の路線バスはお客さんが少なく、バスの後ろ半分貸し切りみたいな感じでした。国際通りを通る時に渋滞していたおかげで、3日目の見学のシミュレーションができました。琉球村では、踊りに参加したり、沖縄独特のムードを楽しみ、メンバーの表情には、「あー今沖縄にきてるんだなー」という感慨があらわれていました。夕食は個室で中華。といってもマーボー豆腐の豆腐が島豆腐だったり、小龍包が紫いもカラーだったり、沖縄っぽくてよかったですよー。そして明日は晴れらしい!沖縄の海を楽しむぞー。

みんな11時には爆睡!良かった、良かった。

4月26日(木曜日)

もうこうなると、神様が、3年生の日頃の行いを見てプレゼントしてくれたとしか考えられない。…今回の修学旅行のメインであるマリン体験を、快晴の空のもと、風は微風で、海も、雨が続いた後なのになぜかとっても澄んでいるという最高のコンディションでむかえることができるなんて…。しかも我々が体験を終えた午後は曇って気温も下がったんですよ。

ジェットスキーで引っ張るドラゴンボートでは、「もっとこわいかと思った」「最高の気分!」「気持ちいい!」といった感想が聞かれました。これでみんなノッてきましたね。シュノーケリンググループは、多くの人はフロートにつかまりながら、下に見える色とりどりの魚たちを観察しました。慣れてきて、一人で浮かびながら魚と一緒に泳ぐ感覚を楽しめた人もいました。それにしてもみんな初めてなのにすごいぞ!本当にたいしたもんだ。

バーベキューの昼食後、残波岬灯台まで散歩し、何人かは灯台の展望台に上りました。ここからの眺めは「すごーい」としか言葉が出てこないほど感動的なものでした。「地球はまるい!」を実感できます。岬の片側がビーチリゾート、片側が大自然の作り上げた荒々しい断崖絶壁になっている…この対照がまたおもしろい。とにかく何人かの生徒たちには、これまで見た風景の中で最高に迫力のあるものとして心に刻まれたことは間違いありません。

むら咲むらでのエイサー体験。これも予想以上に、素晴らしい体験となりました。「古くさい踊り」と思っていた生徒も多かったようですが、衣装を着て、そしてパーランクーという魅力的な楽器を手にすることにより、すぐにエイサーの魅力にひきこまれていく様子が見て取れました。講師の方が、「エイサーは一生懸命生きていることを先祖に伝え、先祖から生きる力を与えてもらうための踊り」「なんくるないさーと、つらいことも、笑顔で踊って忘れる・・・それが沖縄の心」というようにわかりやすく、また熱心にエイサーの魅力について話してくださいました。エイサーを踊ることにより、3年生のみんなが沖縄という風土の持つ魅力に心を動かされてきていることが、十分に感じられる体験でした。

「あー、もう明日帰るの。このままここにいたい!」ある生徒の今日の感想です。

4月27日(金曜日)

3日目はやや曇り空。でも、朝食会場の13Fのレストランから眺められるエメラルドブルーの海は美しく、さとうきび畑の中をぬうように白や茶色の道路が見えるのも沖縄らしくていいですねー。

読谷村バスターミナルからの路線バスは、行きより「ローカル」なシチュエーションを体験でき、良かったです。宮里藍さんに少し似た地元の女子高生(中学生?)がバスの通路に姿勢よく立っている姿、ちょい悪風の、オレンジレンジのメンバーの誰かに似た男子高生がシートに沈みこむように座っている姿…沖縄の日常生活の中にいることを実感できました。それからバスの運転手さんの名前が「屋宣朝次」。見ると若い方なんです。

国際通りでは、みんな市場通りに入ってすぐのところにある駄菓子屋さん風のおみやげ屋さんが気に入り、いろいろ買い物をしました。また、皮をはがされたはりせんぼん(アバサー)や極彩色の魚が並ぶ魚屋さんや、豚の首や足が目印の肉屋さんなど「沖縄の台所」めぐりもしました。お店の人と話をしてみると、沖縄の人って本当にやさしいなーって感じます。

ゆいレールは「ただの電車じゃん」なんて言っている人もいましたが、かなり高いところを走っているので、やっぱり眺めが素晴らしかった。牧志駅から見えた、小学校のレトロな屋根の上にシーサーが並んでいる風景もなかなかよかったです。

帰りの飛行機では、みなさん余裕の表情でしたね。


この3日間の体験は、3年生のみなさんにとって、本当に一生忘れられない思い出になったことと信じます。高校3年生の春、みんなであの美しい沖縄に行ったこと・・・それは「ちゅら玉」のアクセサリーをながめるように、いつでも心のなぐさめになり、そしていつでも元気や勇気のもとになることでしょう。お疲れ様でした。


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