更新年月日・2011年5月17日




はじめまして

本年度、教頭として着任いたしました川名と申します。「けやき」初登場です。よろしくお願いいたします。

初めに瀬谷養護学校がある竹村町の印象ですが、それはずばり「けやき」です。大木のなんと多いことでしょう。社や寺、学校だけでなく、個人宅にまで聳えているのに驚かされました。土地の歴史の重さを象徴しており、瀬谷駅から歩いての通勤時、その懐に抱かれるような不思議な感覚を何度か味わいました。

さて、「学校だより」は地域、関係機関、学校をつなぐ懸け橋として、とても有効なものと思っております。お読みになってご感想、ご意見等いただければ幸いです。

                                       (教頭 川名 猛夫)


東日本大震災を経て

3月11日に東日本大震災が起こりました。多くの被災者の皆さんには心から応援の言葉を送りたいと思います。

本校では、小学部及び中学部1年生がインフルエンザによる学部・学年閉鎖が行われていました。すなわち、百名余の児童生徒が保護者のもとにいたわけです。これは不幸中の幸いと言わざるを得ません。大震災直後に生徒の下校をどうするかについて判断しなければならなかったわけですが、地域の情報がありません。固定電話・携帯電話は不通状態、道路状況や鉄道状況も不明でした。道路状況が不明なのでスクールバスを発車させることはできず一時下校待機、その後保護者の迎えを要請するために、スクールバス各コースを先生方がチームを組んで回りました。結果、道路の渋滞で数時間かけて戻ってきたコースもありました。分教室の生徒は本校まで移動し、迎えを待つことになりました。この間、職員防災チームは校内の安全確認、お迎えの保護者との連絡調整、飲料水・備蓄食糧の配布準備等てきぱきと行いました。最後の生徒が帰宅したのは深夜12時近くでした。

この時感じたのは、日頃当たり前のように行ってきた情報のやりとりができないことが、どんなに不便なことか、ということでした。一刻も早く子ども達の安否を知らせ、お迎えに来ていただくよう伝えたかったのですが、それができないもどかしさばかりが募りました。この視点からも今後の防災対策を進めていく必要があると感じました。これまで過去の震災を教訓にした防災対策を策定してきましたが、さらに地域との連携を含め、今回の震災時の経験を活かした防災計画を策定しています。このような災害が起こらないことを祈りつつ・・・

                                     (副校長 加藤 哲也)


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