更新年月日・2015年3月11日




まっちゃんMEMO  (教育活動支援グループリーダーのつぶやき)

「ボリビアの青年が教えてくれたこと」

私が高等部を担当していた時、南米のボリビアから転校してきた生徒がいました。もともと日本から移住した生徒なので、日本人ではあるのですが、その動きもしゃべり方も実にゆっくりで、時間の流れがまさに「ボリビア時間」。一緒に組んでいた先生が「早く早く…」とせかしても、どこ吹く風。


彼の中では人より「遅い」こととか、まわりに比べて「できない」こととかは、どうでもいいようなのでした。1年もたたないうちに、彼はまた家族と共にボリビアに戻っていきましたが、遊牧民のような生活の中では、「知的な遅れがあること」とか「人に比べてゆっくりであること」とか「字が読めないこと」そして、「ことばがたどたどしいこと」などは、まったく関係ないのでした。

そうなんです。日本にいると「障害児」としてくくられてしまう彼ですが、遠く離れたボリビアでは、障害は障害でなくなるのでした。


私がこの欄をお借りして、「まっちゃんMEMO」という形で、身の回りの「ふと気がついたこと」や「気になったこと」をお伝えして2年になります。


本人の状態は、それほど変わらなくても

まわりの人の見方が、ちょっと変わるだけで「障害は障害ではなくなる」かも…

という思いが、ずっとありました。


「あ…こんな風に受け止めているんだ」とか「こんな風に伝わっているんだ」ということを知るだけで、「なあんだ、じゃあ、こちらの見方や接し方を変えたり、まわりにあるものを整えるたりするだけで、この子の生活も自分の生活も、もっと楽になるかもしれないね…」と思えることが、たくさんあります。


障害のある子が障害のない私たちの世界に合わせるより、障害のない私たちの方が、彼ら彼女らの世界に寄り添う方が、「おたがいの暮らしやすさ」を求める近道ではないか…と思えるのでした。


「ねばならない」と思うのは、もしかしたら、自分の思いこみかもしれません。

「自分とは違う感じ方がある」「自分とは違う受け止め方がある」ということを、思い返す余裕がある生活がいいな…と思います。まあ、なかなかそこにたどり着けなくて、みんな思い悩んでいるわけですが。

そんなこんなで早くも年度末を迎えました。この欄に目を通していただいた皆さま、ありがとうございました。


                                (教育活動支援GL   松島 ふみ子)

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