更新年月日・2016年9月16日




まっちゃんMEMO  (教育活動支援グループリーダーのつぶやき)

今月は「番外編」

夏休み中に職員研修として相模原にある神奈川医療少年院の見学を計画しました。


「少年院」と聞くと「すごい悪さをして、このまま地域にいたら危険なので保護して矯正する子どもたちがいるところ」という印象を多くの職員がもっていたようですが、意外にも窃盗など軽度の罪で収容されているケースがかなりある、というお話でした。

「医療」と名がつくので医療的なケアが必要な人たちが入るところなのでは?…と誤解されがちですが、入所者の中で知的障害を伴う人が26名、発達障害を伴う人が30名と、指示理解になんらかの配慮が必要な方に対して、特別なプログラムを組んで丁寧な指導を行うという意味での「医療」であると知りました。


実際に指導されている内容を聞いたり、入所している少年たちに出会ったりする中で、特別支援学校の指導内容とも、かなり関係が深い施設と感じました。


では、なぜここで暮らすようになってしまったのでしょう?

知的障害だから? 発達障害だから?

そんなことはないと思います。


人と関わる力やコミュニケーションの力の不足。周りの人たちとすごす中で、そうした力の足りなさが少しずつ積み重なり、気持ちがすれ違ってしまった。

「こういう時には、こうすればいいんだよ」

「あの子が言っているのは、こういう意味なんだよ」

「もしかしたら、あなたのしたことは、こんな風に思われたかもしれないね」

そんなことを早い段階で教えてくれる人がいれば…


文字が読めなくても、計算ができなくても、社会という中で、いろいろな人がいろいろな形で投げかけてくることの意味がわかり、そのことに対して上手に返したり、やり過ごしたりする方法を身につけていたら…


その一方で、「あ、この子はこういう受け止め方をするんだ」「こういう伝え方をすればわかってもらえるんだ」ということを周りの人たちが知っていれば…


以前、この欄で「周りの人の受け止め方が変わることで、障害は障害でなくなるかも…」という話をしたことがあります。

『周囲の理解があれば』というのはたやすいですが、身近なところで、身近な人たちのことを見る目を変えていくことが、ちょっとでもできたら、生きやすくなる人がもっと増えるかなあ…と改めて思ったひとときでした。


                                (教育活動支援GL   松島 ふみ子)

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